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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)3362号 判決 1973年1月30日

控訴人

東武鉄道株式会社

右代理人

高橋梅夫

外一名

被控訴人

宮田広三郎

右代理人

大塚粂之亟

主文

原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

事実

(申立)

一 控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。

二 被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

(主張、証拠)<略>

理由

一昭和四三年一〇月三日午前一〇時五分頃、下館市下川島七七一番地先の道路上において、控訴会社の小山発下館行の定期バス(運転手は小林文雄)と根本友重(第一審被告)運転のダンプカーが衝突し、二台とも被控訴人方店舗に飛び込んで家屋等を破壊したことは、当事者間に争いがない。

そして、右事故の態様についての当裁判所の認定は原審の認定と同じであるから、原判決七枚目表(記録二一丁)四行目の「右事故の態様」から原判決一〇枚目表(記録二四丁)二行目までを、ここに引用する。(但し原判決七枚目表六行目の「第九号証」を「第一〇号証」とあらためる。)

二ところで、車輛の運転者は、互に他の運転者が交通法規に従い適切な行動に出るであろうことを信頼して運転すべきものであり、このような信頼がなければ、一時といえども安心して運転をすることができないし、

また、すべての運転者が、交通法規に従い適切な行動に出るとともに、そのことを互に信頼し合つて運転することになれば、事故の発生が未然に防止され、車輛等の高速度交通機関の効用が十分に発揮されると考えられる。してみれば、車輛の運転者の注意義務を考えるに際しては、この点を十分に考慮すべきであることは明らかである。

三前記認定(原判決七枚目表一〇行目以下)の事実によれば、本件事故現場は東西に通ずる国道五〇号線(幅員8.60m)と南北に通ずる県道(幅員7.50m)とか直角に交わる十字路交差点で、各進行方向に信号機が設置され交通整理が行われている交差点であり、前記国道を東進中の控訴会社のバス運転手小林文雄は、進行方向の信号が青であることを再度確認したうえ、右交差点を通過できるものと信じて交差点内に進入したのであつて、前記国道と交差する県道を南進の車輛が信号を無視して交差点内に進入してくるなどとは全く予想できない状況にあり、また、バスの進行途上に他の車輛が近接してくることが予想できるような特別の事情は全く存在していなかつたことが明らかである。してみれば、バス運転手である小林としては、前記交差点に進入し通過するに際しては、県道を南下する他の車輛の運転手が交通法規を守り進行方向の信号が青になるのを確認したうえ右交差点内に入つてくるであろうことを信頼して運転すれば足りるのであつて、本件におけるように右県道を南進してきた車輛の運転手が進行方向の信号を青と誤認し、時速約四〇Kmの速度のままで右交差点内に進入してくることがありうることまでも予想して、左斜方向に対する安全を確認し、もつて事故を未然に防止すべき業務上の注意義務はないものと解するのが相当である。

もつとも、本件においては、前記認定(原判決八枚目裏)のように、控訴会社のバス運転手小林は、交差点に進入した瞬間、約一六m斜左前方に、時速約四〇Kmの速度で県道を南進中のダンプカーを認めたのであるが、小林運転手としてはバスの進行方向の信号が青であることからダンプカーの進行方向の信号は当然に赤であると信じ、ダンプカーは右信号に従い交差点の直前で停止するものと考えてそのまま進行したところ、ダンプカーが停止しないで交差点内に進入してきたため、バスとダンプカーが衝突し両者とも被控訴人方店舗に突つ込んだ事実が認められる。しかし、前記交差点内に進入する際に進行行方向の信号が青であることを再度確認した小林運転手としては、前記のように約一六m斜左前方にダンプカーが時速約四〇Kmで進行してくるのを認めた場合、ダンプカーが進行方向の信号に従つて交差点直前で停止するであろうと信ずるのは無理からぬことである。また前記認定の事故の態様によれば、ダンプカーが停止しないで交差点内に進入してきたのはたまたまダンプカーの進行方向の信号機の故障のためその運転手が信号を青と誤認したことによるとしても、信号機の故障は信号機管理者の責に帰すべき事項であつて、前記小林運転手は事故当時故障の事実を知らなかつたものである(この点は原審証人小林文雄の証言により明らかである)。しかも、右の誤認はダンプカーの運転手根本が信号を確認し信号に従つて運転する義務を怠つた一方的な過失に基因するものであつて小林運転手としては予見することができなかつたとみるのが相当である。してみれば、このようなことは、交通関与者が他の交通関与者の交通法規に適合した行動をあてにし信頼することが相当といえないような特別の事情に該当すると認めることはできないし、他にこのような特別事情の存在を認めるに足りる証拠はない。

四以上のとおりであるから、控訴会社のバス運転手である小林文雄に被控訴人主張の過失がないことは明らかである。してみれば、右の過失が存在することを前提とする被控訴人の本訴請求は、その余の判断をするまでもなく失当であるから、棄却すべきである。

五よつて、右と結論を異にする原判決を取り消し、被控訴人の本訴請求を棄却し、民事訴訟法第八九条、第九六条第三八六条を適用して、主文のとおり判決する。

(久利馨 栗山忍 館忠彦)

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